アニメとかの感想書留

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1クール終了まとめ

第1クールまとめ

早いもので、感想を書き始めてから一週間(実際には書き溜めしたりした分、もうちょっと長いんだけど)、1クール分見終えてしまいました。

好きなアニメの問題点を明確にしよう!という旨で始めたこともあって、今までにない取り組みだったので先がどうなるのかな、と不安に思うところがあったのですが、意外にも、今まで以上に好きになったところもあったりなかったり。

1クールを鑑賞する中で、一番不安に思っていたところは、はるかさんとみちるさんだったんですよ。何度か各話の感想の方でも書いたのですが、「世界を救うためなら犠牲も仕方ないと考える」冷酷さと「セーラームーンたちを平気で見捨てる」冷酷さという、二つの180°性質の異なる冷酷さを一緒くたにして描かれてしまっているせいで、一貫性のないキャラクターになってしまっている印象が強くてね。このセーラームーンSという作品は、話がはるかさんと満さんを主軸に進んでいるので、このキャラクター性の崩壊はアニメの完成度にも救いようのない悪影響を及ぼしてしまっているのではないかと、蓋を開けてみるのが怖かったんですね。しかし一話ずつじっくりと観察してみると、じつはこのキャラクター性の崩壊ってやつは、第2話と第13話でしか起こっていなかったんですよ。他の回はでは徹底して、「犠牲者をだすことに罪悪感を抱く」「セーラームーンたちを助けてくれる」ウラヌス・ネプチューンが描かれていました。全13話中11話分「正しい」ウラヌス・ネプチューンが描かれていたのにも関わらず、ウラヌスとネプチューンという二人のキャラクターの土台が出来上がっていないような印象を受けたのは、いかに第2話と第13話が視聴者に与えた影響が大きいかということですね。考えてみると、第2話はウラヌスとネプチューンが初めて主人公たちと話すという、第一印象の決定に一役も二役も担っている回ですし、第13話は、カオリナイトが撃退される上に主役のセーラームーンが変身できずにピュアな心を奪われるというインパクト大な話だったわけです。勘違いするのも無理はない、かも(?)。しかし、第2話はまあとにかく、折り返し地点の第13話に来てはるかさんとみちるさんというキャラクター像が揺らいでいるのは不安要素です。

さて、ウラヌス・ネプチューンのキャラクターの問題については、意外と被害が少なくてよかったねって言う話なんですけど、彼女たちとセーラームーンの主人公の主客転倒の問題は依然としてちょっと根強いかな。セーラームーンSはセーラームーンシリーズの第3期ということもあって、主人公のうさぎのキャラクターをこれ以上掘り下げる手間が省けるっていう利点もあるんでしょうけど、ウラヌスとネプチューンに比重が傾き過ぎているのがちょっと気になるんですよね。まあ、私はこの作品をウラヌスとネプチューンの物語と割り切ってしまって観ているのでさほど気にならないんですけどね。けど、うさぎの「優しい」部分ばかりが強調されているのはやっぱり気になったり。別の角度からも、うさぎのピュアな心ってものを描写して欲しいなって思ったり思わなかったりやっぱり思ったり。折角主人公としてのポジションは用意されてるんだからさ。

 

 

第2クールに向けて

第2クールから進展が大きく見られるセーラームーンS。しかし、第1クールで指摘した問題点は依然として受け継がれたまま、ともすればちょっとひどくなっていたりけど、一々そこで掘り返すほどの重大なものでもなかったりするから、ちょっと多めに、というか敢えて各話の感想の方では避けて通ろうかなと、思ってみたりみなかったり。