アニメとかの感想書留

ブログ名の通りです。映画に焦点を絞りたいな、と思っております。カテゴリーの一覧はこちら→http://animekanso.hatenablog.com/entry/2016/04/07/124605

セーラームーンcrystalに一言・・・

 

アニメ『美少女戦士セーラームーンcrystal』<第3期 デス・バスターズ編>製作決定!

 

 

うわああああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああああ!やりやがったな東映め!!!

 

3期は製作しないと信じていたのに。大荒れ大時化の予感しかしないよ。どうすんだよ、どうやって収拾つけてくれるんだよ、これ!!!

 

みちる「沈黙が、迫っているわ」

はるか「破滅の時が近づいている」

せつな「早くメシアを探さなければ」

 

聖杯は、聖杯はありませんか!?メシアは、メシアはいませんか?我々ファンのピュアな心を救いたまえ…

 

とまぁ、ひとまず、落ち着いて…

 

今日はセーラームーンcrystalに関してちょこっと感想を綴ってみようかなと思います。

 

 

セーラームーンcrystal

私は実写版含めセーラームーンシリーズは一通り(といっても、アニメバージョンのRは除きますが)観ました、その中で一番ちょっとなぁ、と思う部分が多いです。一言でまとめると「残念」。セーラームーンシリーズは、アニメ実写漫画版とあるわけですが、「全盛を背負う女の子のうさぎがセーラームーンに変身して悪の組織に立ち向かう」っていう設定は同じなんですけど、ストーリー内容はそれぞれのシリーズで全く違います。これまでの歴史の中で漫画、アニメ、そして特撮という、似ているようで全く異なる分野に進出をみせた

セーラームーンシリーズでありますが、私の中では「心に残る名作」には及ばないまでも、それぞれの分野での持ち味を生かした良質な物語が作られており、「セーラームーンには外れが無いな」というのが、これまでの私の印象でした。

しかし、この常識を覆したのがセーラームーンcrystalという作品。どれくらい酷いのかと申しますと、無印とRの間に時間稼ぎとして作られた、カオスすぎて直視するのが辛くなってしまう、製作者側が視聴者の我慢試しをするのために作ったと思われる魔大樹編という伝説のシーズンがかわいく思えるくらいの酷さです。これまでにも星の数ほどの酷いアニメたちと出逢って来たましたが、“まさか”セーラームーンシリーズからお星さまの仲間入りを果たす“傑作”が出て来るとは思いませんでした。私は魔大樹編とは頑張って最後まで付き合うことができた(しかしそこで力尽きたので、Rは結局観ていないです)のですが、crystalは6話が終わった時点で視聴継続が苦痛になってしまったり…見たい、という好奇心からではなく、セーラームーンのファンとして最後まで付き合わないといけないという義務感から無駄に力みまくって視聴したわけなんですけど、まさに砂を噛む思いでしたよ。トホホ。

Rが終わったとき、やっとこの悪夢から解放されるんだと安堵した矢先に、デス・バスターズ編の製作決定。う~ん、Sに深い思い入れを抱え込んでいる一ファンとしてはやはり複雑な心境は拭い去れません。言葉は悪いですど、Sが「汚されて」しまうのはこれまでの惨状からも明らかなわけで…

ここまで悪口を書いたわけですから、具体的にどこにセーラームーンcrystalの問題点を感じているのか、書かないと卑怯な気がしてきました。勿論、わたしはアニメ評論家でも何でもなく、ただの一般人の、たくさんのセーラームーンSのファンの一個人にしか過ぎません。セーラームーンcrystalの評価を下すことが目的ではありませんし、そんなことは私の度量を超えた高度な問題だと思っています。

 

 

動かないアニメ

それがセーラームーンcrystal。言ってしまえば、アニメーションとしての完成度が極端に低いんですよね。顔のドアップばかり映る、アングルも糞も無い止め絵で永遠と登場人物が会話を続けたかと思えば、突如として現れた敵との戦闘シーンでは異常なくらいにぐるぐると動きます。かと思えば敵との会話でまたもや止め絵で延々と会話を続け、そしてひと段落するとまた激しいアクションを繰り広げます。動くか、動かないかの二者択一の両極端な作画、それがセーラームーンcrystalという作品の、目立ちやすい欠点でしょう。なぜこんな、アニメーションとして個性を潰しかねない無謀な挑戦に製作者が挑んだのでしょうか?

これは、作画班の技術不足だからとか、予算や時間が足りてないからだとか、アニメーション制作における製作者の体力不足に起因してしまうのは、ちょっと違うんじゃないかな、と思いました。あくまでもこれは一つの馬鹿な仮説にすぎないのですが、この現象、ただ単純に、漫画版を忠実に再現したことのつけが回ったせいなんじゃないかと思います。というのも、このセーラームーンcrystalという作品、良いのか悪いのか知りませんけど、どこまでも漫画に忠実で、丁寧な作品です。物語の展開も、漫画バージョンにどこまでも丁寧に準拠した内容になっていますし、ちょっとした場面に挟まれる絵の構図なんかも漫画からそのまま引用されたものが多く、「漫画の絵柄が動いただけ」というのがセーラームーンcrystalという作品の特色なのです。しかし、漫画には漫画、アニメにはアニメの魅力というものがあるのです。

漫画バージョンのセーラームーンは、アニメとは違って無駄なギャグシーンなんかが殆どなく、曲道を作らずに直線的にシナリオが進行します。また、登場人物の言葉には詩的な言い回しが多く、ドラマというよりは、小説的な言い回しに近いです。また、世界観が壮大なことでアニメバージョンよりもある意味では有名な漫画バージョンではありますが、その壮大な世界観というのも、シナリオの進行上の必然性から築き上げられたものではなく、恣意的にその都度登場人物のセリフから説明されるような形で構築されています。この強引なシナリオの展開の仕方は、2~3巻くらいのペースで1シーズンが終わるという驚異のスピードで話が進んでいかなければならない都合上仕方名のないことなのですが、シナリオに矛盾や粗が多いのにも関わらず読者がそれに目が止まらないくらい、絵がキレイで遭ったり、コマの配分の仕方が絶妙であったり、台詞から説明されるだけの世界観も他に類を見ない独創的なものであったりと、作品としての欠点を補ってしまうくらいの強烈な個性を兼ね備えていました。(まあ、ぶっちゃけると劇場版の『かぐや姫の恋人』の漫画版が好きってだけで、本編の方の原作はかじる程度しか知らないんだよね。最近感想を書くにあたって、ちょっと漫画版のほうも読んでみたりもしたんですけど、そこまで褒められた内容じゃないな、って思うところもありました。ここの記事における漫画版セーラームーンに対するプラスの印象は、漫画版『かぐや姫の恋人』に対する印象だと思ってください)

しかし、この個性は漫画だから表現できたもの。漫画とアニメは、似ているようですが、全く違います。ドラマと小説くらい違います。動くか動かないか、音声がでるか出ないかという違いは一見小さいように思われますが、そこには大きな隔たりがあります。

セーラームーンRには、セーラープルートが時の守り人として犯してはならないタブーを破ってしまい、その結果死ぬ、そして死の際には、密かに思いを寄せていたキング・エンディミオンに見届けられて、敵わない恋への未練と、愛する人に役立てた嬉しさ、そして最後にその人から見取ってもらえることの嬉しさ(?)が綴られるんですけど、これをアニメで、声優が長々と読み上げたら変でしょう?死の刹那に走馬灯のように流れる思いを、尺をとって長々と声優が読み上げたら嘘くさいでしょう?逆に、セーラームーンのバンクの美しさを漫画で『再現』することはできますか?

漫画と、アニメは、違います。漫画での魅力を、アニメというレンズを通して「表現」するのは可能かもしれないですけど、漫画の魅力をアニメで「再現」するのは不可能なのです。そして、その不可能に着手したのがセーラームーンcrystalなのです。姿形を似せることはできても、魅力を再現することは、不可能なのです。

世界観を創り上げる登場人物の会話に尺の多くを費やして、バトルシーンは1ページやそこらで済ませる、という漫画の構図をそのままアニメに落としても、つまらないのは当然なのです。背景を少なく、登場人物を大きく取る漫画の構図をそのままアニメーションにしても、物足りないんですよ。

 

 

粗悪な構成

先述したことと殆ど同じです。漫画の構成を、そのままアニメに落としてもつまらないのは当然です。

しかしまさか…13話構成のダークキングダム変を、プリンセスの従者としての意味しか持たないほぼモブキャラセーラー戦士4人それぞれの登場回に1話ずつ割くとは思わなかったなぁ…いや、もちろん、1話ずつ割いてくれた方がありがたいんですけど、正味13話の勝負で半分近く意味のない友情ごっこで消費してしまうなんて、流石に予想外でしたね。せめて、ジュピター登場が終わった時点で、敵の正体が判明するくらいまでは進むようにシナリオに工夫があるかな、とは思っていたんですけど…

Rの序盤、セーラーマーキュリー、セーラーマーズ、セーラージュピターが敵に捕まる展開は、漫画版だとサクサク進んで、また、クインベリルの時とは違った敵の不気味さなんかも演出されてて楽しめたんですけど…crystalではサクサク進みもしない、むしろ同じような展開20分×3回という我慢大会な上に、敵も大して恐くないんですよね。クイン・メタリア率いるダークキングダム軍団との描き分けもできていなかったので、“また”同じような赤黒い敵が現れた、という程度にしか思いません。

 

CGバンク

いつだって新しいことをしてくれるセーラームーンシリーズ。バンクが完全にCGなのは、ある意味ではセーラームーンらしいな、と思いました。しかし、どうせバンクをCGにするなら、前作に囚われないほうが良かったんじゃないかなぁと思います。アニメにはアニメの、CGにはCGの魅力があるのでね。

しっかし、あの絵柄で「月に替わってお仕置きよ」のポーズを踏襲するとは思わなかったぜ。あんなにダサイとはな。実写版みたいにオリジナルのポーズ作っちゃえばよかったのに。

それと、ちょっとくどいなと思いました。

あ、でも、ヴィーナスの変身だけはちょっといいな、って思いました。

 

BGM

なんか、いつも緊迫したBGMばかり流れていて、緊迫しなくなりました。

 

オジテミス

評価する。

 

 

デス・バスターズ編について

美しいバンクが持ち味のセーラームーンの中でも美しいと評価が高いウラヌス・ネプチューンのバンクがどうなるのか、不安です。頼むから汚さないでくれ!!

アニメ版では主役級に活躍し、丁寧なキャラクター描写があったウラヌス・ネプチューンは新版ではどう描かれるんでしょうね。まあ、漫画を「再現」することを目的としている新版の成れ果てはある程度は覚悟の上です。あまり散らかさないで欲しいんですけど、無理でしょうね。